消防救急と民間救急との引継ぎに伴う責任問題について(不搬送補論・試論)

第2回救急救命士フォーラム雑感

 3月19日に開催されました第2回救急救命士フォーラムに参加された方々は、大変お疲れさまでした。

 私は「『不搬送』の判断をするために必要となる法的知識」と題して、救急要請があったにもかかわらず不搬送として法的紛争(訴訟)となった事例を3つ挙げ、不搬送とするにはどういった要件を満たす必要があるのかについて、弁護士の立場から法的リスクを踏まえたお話をさせていただきました(参加された方は、こちらから資料のダウンロードができます。)。

 その後、座長の高山祐輔さん(帝京大学講師)、演者の合田克彰さん(一般社団法人救急振興財団)、河原利之さん(堺市消防局)、畦元隆彰さん(株式会社アンビュランス(民間救急事業者))とともに、「不搬送」に関する質問応答・ディスカッションを行いました。

 堺市消防局の河原さんと株式会社アンビュランスの畦元さんからは、堺市では、新型コロナウイルス禍を受けて堺市消防局、堺市保健所、株式会社アンビュランスが連携し、酸素投与により症状が安定する新型コロナウイルス感染症患者の移送を堺市消防局の救急隊から株式会社アンビュランスの救急救命士に引き継ぐ体制が整備されたことが紹介されました。

 これを受けて、質問応答・ディスカッションの中で、「傷病者を消防救急から民間救急に引き継いだ場合の急変等に関する責任の所在はどう処理していたのか」といった趣旨の質問が会場からなされました。これに対し、河原さんと畦元さんから一定の回答がありましたが、深堀してディスカッションをする時間的余裕がありませんでした。また、この点は、法的側面から見ても重要と思われたため、ここで私見を述べておきたいと思います。

 なお、当日の他のセッションでは、消防局以外の多種多様な企業・立場で活躍される救急救命士の方々の挑戦や体験談を聴くことができ、全体として大変勉強になるフォーラムでした。

消防救急から民間救急に引き継がれた傷病者の急変に関する法的責任(私見)

責任の所在の基本的な検討ルート

 消防救急から民間救急への引継ぎと、引き継がれた傷病者の急変については、次の4つの場面に区分できると考えられます。

① 救急要請から救急隊の現場到着
② 救急隊による現場での検査・観察
③ 民間救急への引継ぎ
④ 民間救急事業者による引継後の急変

 このうち、①現場へ行き、②傷病者を検査・観察することは、民間救急との連携の有無を問わず、消防救急が、消防法第2条第9項の「医療機関その他の場所へ緊急に搬送する必要がある」か否か(=緊急性があるか否か)を判断するために行わなければならないものです。

救急業務とは、災害により生じた事故若しくは屋外若しくは公衆の出入する場所において生じた事故…又は政令で定める場合における災害による事故等に準ずる事故その他の事由で政令で定めるものによる傷病者のうち、医療機関その他の場所へ緊急に搬送する必要があるものを、救急隊によつて、医療機関…その他の場所に搬送すること(傷病者が医師の管理下に置かれるまでの間において、緊急やむを得ないものとして、応急の手当を行うことを含む。)をいう。

消防法第2条第9項

 そして、②を経て③民間救急への引継ぎを行うのか、それとも消防救急として搬送をするのかは、まさに消防救急としての「不搬送」の判断の問題と考えられます。

 すなわち、消防救急が適切な検査・観察をした上で当該傷病者を「医療機関その他の場所へ緊急に搬送する必要」がない(=緊急性がない)と判断をした(できた)のであれば、消防法第2条第9項の搬送義務の発生要件を欠くとして「不搬送」とする=民間救急に引き継ぐことができる。他方、消防救急として当該傷病者には「緊急性がある(若しくは緊急性がないとは言い切れない)」と判断したのであれば、消防法第2条第9項に基づき搬送義務を負うことになりますから、民間救急に引き継ぐことはできない、ということになります。

 民間救急への引継後の傷病者の急変に関する法的責任も、まずは、この消防救急による「緊急性」の判断(ひいては消防救急による検査・観察)に問題がなかったか、という観点から検討をすることになると考えられます。

堺市の事例に関連して

 なお、上記の堺市の事例では、酸素投与により症状が安定する新型コロナウイルス感染症患者について、民間救急への引継ぎを行っていたということです。

 この取扱いは、Ⓐ新型コロナウイルス感染症の蔓延による病床及び救急車のひっ迫状態を踏まえた「緊急性」判断の緩和による「不搬送」の拡大とも捉えられますし、Ⓑ「緊急性」はあることを前提に、新型コロナウイルス感染症患者に対する酸素投与・付添看護に限り、民間救急を準病院(準診療所)状態(=医療機関その他の場所)として扱っていたとも捉えられます。

 Ⓐの「緊急性」判断の緩和と捉えた場合、民間救急への引継後の傷病者の急変があった場合には、消防(行政)に対しては、㋐「緊急性」判断の緩和自体が違法であったのではないか、㋑「緊急性」判断の緩和は新型コロナウイルス感染症による医療資源のひっ迫状態に照らしてやむを得ないが、緩和した「緊急性」判断を前提としても観察・検査が不足していた(酸素投与だけでは足りないと判断すべきだった)のではないか、といった問題が指摘されることが想定されます。

 他方、Ⓑの民間救急を「医療機関その他の場所」として扱ったと捉えた場合に仮に消防救急に責任を認めるとすれば、㋐「妨害行為等への対応に関して必要な事項」について消防局長が定めたものがあるか(救急業務規程第10条第2項)、㋑民間救急は搬送すべき先としての「傷病者の症状に適した医療機関」といえるか(救急業務規程第10条第1項)、また、㋒引継を担った民間救急が、傷病者を引き継げる能力を備えていたか(行政による業者選定の問題)、といった問題が指摘されることが想定されます。

(救急活動の基本)

第10条 救急活動は、傷病者の観察及び必要な応急処置を行った後に、傷病者の症状に適した医療機関に速やかに搬送することを原則とする。

2 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律…に定める感染症、妨害行為等への対応に関して必要な事項は局長が別に定める。

救急業務規程

引継いだ民間救急が責任を負うことはないか?

 上記のとおり、民間救急は、原則として、形式的には消防救急が「緊急性がない」と判断をした傷病者を引き継ぐことができる、ということになります(少なくとも、医師が所属しない民間救急を「医療機関その他の場所」として扱うのは、現状ではあり得るとしても非常に例外的な場面と考えられるため、ここでは措くこととします。)。

 そのため、「消防救急が『緊急性がない』と判断して引き継いだ以上、その後に傷病者に急変が生じても、それは消防救急の判断に過失があったかどうかの問題であり、民間救急は責任を負わない」という考えも出てくるでしょうし、「そうでないと消防救急からの引継なんてできない」という関係者の方もいらっしゃるでしょう。

 ここで、そもそも、傷病者を引き継いだ民間救急と傷病者との関係はどういうものになるでしょうか。勿論、傷病者本人が民間救急への引継ぎを希望した場合には、傷病者と民間救急との間に移送に関する請負契約や看護に関する準委任契約が成立するとみることができますが、傷病者の意識がない若しくは朦朧としているなどして正常な意思決定が困難な場合はどうでしょうか。

 このような場合には、傷病者と民間救急との間には事務管理の関係性が生じると考えられます(消防救急と民間救急との間で「第三者のためにする契約」(民法第537条第1項)が成立しており、傷病者は民間救急に対してその契約に基づく給付を請求できる立場にあると考える余地もありそうですが、「第三者のためにする契約」における「第三者の権利は、その第三者が債務者に対して…契約の利益を享受する意思を表示した時に発生する。」ため(同条第3項)、意識がない若しくは朦朧としているなどして正常な意思決定が困難な場合の傷病者が受益の意思表示をすることは困難であるため、ストレートには利用できない構成と思われます。)。

 そして、その事務管理が、傷病者の身体に対する急迫の危害を免れさせるために開始した場合には、緊急事務管理として「悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない」ということになっています。

(事務管理)
第697条 義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。

2 管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない。

(緊急事務管理)
第698条 管理者は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。

民法

 すなわち、民間救急が意識がない若しくは正常な意思決定が困難な傷病者を消防救急から引き継いだ場合(緊急事務管理に該当する場合)には、民間救急が悪意(ここでは「害意」を指します。)や重大な過失によって傷病者に損害を負わせたのでない限り、民間救急は急変に伴う責任を負わないと考えるのが相当と考えられます。

 仮に民間救急の悪意や重過失が傷病者の急変(損害)に寄与(影響)した場合には、消防救急と民間救急との共同不法行為が成立する(傷病者に生じた損害について連帯して責任を負う)ことになると考えられます。

 他方、傷病者本人が積極的に民間救急への引継ぎを希望した場合(この場合には傷病者による搬送拒否(不搬送承諾)の論点も生じ得ますが、「消防救急ではなく民間救急を希望する」という意思表示が消防救急の搬送義務を免れさせる搬送拒否に該当するかは、これはこれで一考を要する問題ですので、ここでは措くとします。)、上記のとおり、①消防救急と民間救急との第三者のためにする契約に基づく傷病者に対する看護債務、又は、②傷病者と民間救急との間での看護に関する準委任契約に基づく看護債務が成立することになると考えられます。そのため、この場合には、①②のいずれであっても民間救急は傷病者に対して善管注意義務を負うことになり、緊急事務管理の際よりも低いハードル(単純な過失)で債務不履行責任を負い得ることになります。

 もっとも、この点については、「民間救急が消防救急から引き継ぐという点は同じであるのに、傷病者が意思表示が可能か否かで債務不履行責任が生じるハードルが変わるのはおかしいのではないか」という指摘も十分あり得るところです。

 そういった指摘の観点からは、消防救急から引き継いだ場合の民間救急による看護は、消防救急との合意に基づく準公的義務による看護であって、「義務なく他人のために事務の管理を始めた」にあたらず、事務管理規定の適用がない、と考えることも可能と思われます(新版注釈民法(18)債権(9)では、救急搬送された患者と医師の関係性について、以下の引用とおり述べられており、消防救急と民間救急の関係でも同様の当てはめが可能とも考えられます。)。

「消防官吏が意識不明の患者を救急病院に搬送して医療を求めた場合にも、医療について官吏との間に契約の成立を認むべきではないから、医師の事務管理となる」という(我妻・下Ⅰ910)が、問題である。この医師がその病院の勤務医で勤務時間中の診療であれば、それは病院の事務を執行したもので、また、救急病院は、搬送せられた急患者の医療をなすべき義務を負う(医師19Ⅰ)ので、自己の義務履行は事務管理にならないからである。

新版注釈民法(18)債権(9)212頁

消防救急と連携する民間救急が採るべき対応

 いずれにしても、民間救急は、消防救急から傷病者を引き継いだとしても、引継後の傷病者の急変について過失(緊急事務管理であれば悪意・重過失)があれば、その急変による損害について、賠償責任を負うことになります

 また、仮に民間救急には何らの過失がなくとも、急変した傷病者の紛争ターゲットになる可能性は常にあります。

 そのため、消防救急と連携する民間救急は、少なくとも、引き継いだ傷病者から責任追及行為(訴訟等)に対する対応費用や、民間救急に悪意・重過失がある場合を除き、傷病者に対して負い得る損害賠償については、最終的には行政に負担をしてもらうことができる内容の契約(上記のとおり、消防救急と民間救急の連帯責任となると考えられるため、損害賠償を行うにあたっては、消防救急からの求償をしないこと、民間救急からの求償には応じる内容を盛り込むことが考えられます。)を締結できるよう、交渉をするのが適当と考えます。