DNARと救急救命を考える

 友人の誘いで,9月28日,「第32回多職種グループ救護活動勉強会」にて,DNARを題材に講師(by Zoom)を行いました。

 DNARとは,「Do Not Attempt Resuscitation」 = (蘇生可能性がないので)蘇生の試みをしないという意思表示・指示のことを指し,(多くの場合)終末期の疾病を抱えた患者さんが,心肺停止(CPA)となった場合に心肺蘇生の処置(CPR)をしないことを医師や多職種グループとの協議で決め,それを自身の意思表示として,さらに,医師の指示としてカルテ等に記録するものです。

 この問題は,もともとは医療機関(病院)内で入院中の患者の治療方針や延命措置の方針について決める際に問題となってきたものですが,現在では救急救命の現場で大きな問題となっています。

 というのも,緊急通報を受けて傷病者のもとに駆け付けた救急隊員は,原則として傷病者を医療機関へ搬送しなければならず,例外的に搬送をしないことが許されるのは,①傷病者が明らかに死亡している場合(救急業務実施基準第19条),②医師が死亡していると判断した場合(救急業務実施基準第19条),③傷病者又は関係者が搬送を拒否した場合(救急業務実施基準第17条)だけです。

(搬送を拒んだ者の取扱い)
第17条 隊員は、救急業務の実施に際し、傷病者又はその関係者が搬送を拒んだ場合は、これを搬送しないものとする。

(死亡者の取扱い)
第19条 隊員は、傷病者が明らかに死亡している場合又は医師が死亡していると診断した場合は、これを搬送しないものとする。

救急業務実施基準

 そのため,緊急通報を受けて臨場したにもかかわらず,心肺停止状態の傷病者を前にして家族から「この人は末期の癌で,心肺蘇生はしないで欲しいと言っていた。」と言われると,救急隊員は大変困る(葛藤する)ことになるのです。

 今回の勉強会では,日本における積極的安楽死や延命治療の中止(人工呼吸器の取り外し)事例に関する裁判例(判例)や,刑事被疑事件となった事例,刑事事件とはならなかったけれども報道された事例を概観しながら,あるべき(有効な)DNAR指示とはどんなものか,いざ救急の現場で傷病者の家族からDNAR指示がある旨の指摘がなされた場合にどうすべきか等,について考えて行きました。

東海大学安楽死事件(殺人被告事件) 横浜地裁平成 7年 3月28日判決

川崎協同病院事件(殺人被告事件) 横浜地裁平成17年3月25日判決

富山県射水市民病院事件(殺人被疑事件)

和歌山県立医大病院事件(殺人被疑事件)

羽幌病院事件(殺人被疑事件)

広島県福山市・寺岡整形外科病院事件

岐阜県立多治見病院事件

公立福生病院透析中止事件

概観した裁判例(判例)等

 生命倫理にかかわる問題であり,現状では法令やガイドラインがあるものでもないので,一つの明確な答えを出せる問題ではないのですが,今後の救急業務に少しでも役に立てたのであれば幸いです。

勉強会の様子

投稿者プロフィール

弁護士 渡邊涼平
弁護士 渡邊涼平
(仙台弁護士会所属)