同意書に署名をもらっている。それでも説明義務違反を問われることはあります。

裁判で問題になるのは、同意書の署名の有無ではなく、説明文書に書かれている内容です。とりわけ多いのが、リスクの書き方です。発生確率は書かれているのに、そのリスクが生じたら患者さんの身に何が起きるのかが書かれていない。このような不備や説明不足が、繰り返し問題になります。

弁護士渡邊涼平は、東北大学大学院医学系研究科倫理委員会、東北大学病院臨床研究倫理委員会、認定再生医療等委員会などの委員を務めています。審査に携わる立場から、説明同意文書の見直しをお手伝いしています。

1. 説明義務違反はどこで問われるか

説明義務違反は、医療行為そのものに過失がなくても成立しうる、独立した責任原因です。手技に問題がなく、結果もやむを得ないものであったとしても、事前の説明が不十分であれば、患者さんの自己決定権を侵害したとして責任を問われることがあります。

同意書への署名は、免責を意味しません

「説明書を渡し、同意書に署名をもらった」という事実は、説明義務を尽くしたことの証明にはなりません。裁判で問題にされるのは、その文書に何が書かれていたかです。

署名があっても争われるのは、次のような場合です。

  • 記載が抽象的で、患者さんが具体的に何を了解したのか特定できない
  • リスクの記載が形式的で、内容を理解して治療を選択したとはいえない
  • 他に選びうる方法があったのに、その説明がない

つまり、説明義務違反は、全く説明しなかったということは稀であり、「説明されたこと、書かれていることが患者の選択にとって不十分であること」で問われるのが実際です。

2. 不備の典型は、リスクの書き方

説明同意文書を拝見していて最も多く見かける不備は、リスクの記載です。

発生確率だけでは足りません

「○○が生じることがあります(発生率約○%)」という記載は、よく見かけます。しかし、これだけでは患者さんはその治療を選択すべきか、他の治療を選択すべきかを判断できません。

記載患者さんが判断できるか
発生確率のみ数字は分かるが、その自体が生じた場合に自分の身に何が起きるのかが分からない
確率+生じた場合の状態どの程度の不利益かを想像できる
確率+状態+その後の対応回復可能か、治療が必要か、後遺症が残りうるかまで理解できる

患者さんが知りたいのは「何%か」ではなく、「それが自分に起きたらどうなるのか(死んでしまうのか、身体が動かなくなってしまうのか、起きたとしても治療で元に戻れるのか…)」です。ここが書かれていない文書は、たとえ確率が正確に記載されていても、判断材料として機能していません。

リスクとベネフィットを対にして示す

研究の同意説明文書では、リスクとベネフィットを対にして記載することが求められます。この考え方は、診療の説明同意文書にも共通します。

期待される効果がどの程度のものか。それに対して、どのような不利益が生じうるか。両方が並んで示されて、はじめて患者さんは比較して選ぶことができます。効果の説明が詳しく、リスクの説明が簡略になっている文書は、この点でバランスを欠いています。

3. 倫理委員会で差し戻される説明文書と、訴訟で問題になる文書は似ている

これは、倫理委員会と医療事件の両方に関わってみて実感していることです。

倫理審査で「このままでは承認できない」と判断される説明文書と、後に訴訟で説明義務違反が争われる文書とでは、指摘される箇所が重なります。いずれも、リスクの記載が不十分で、患者さん(被験者)が自己決定をするのに足りていない、という一点に帰着することが多いのです。

審査に携わる立場から見て、繰り返し感じるのは次の点です。

その文書は、患者さんが「自分の身に何が起きうるか」を理解して選択できる内容になっているか。

作成する側にとって必要な事項が漏れなく並んでいることと、読む患者さんが判断できることとは、別のことです。前者を満たしていても後者を満たしていない文書は、少なくありません。

医療機関にとって、倫理審査は研究の話、訴訟は診療の話、と分かれて見えるかもしれません。しかし患者さん(被験者)が選択をする際の説明文書の不備という観点では、両者は同じものを見ています。倫理審査を通る水準の説明文書は、訴訟にも耐えやすいということでもあります。

4. 代替手段の説明

リスクの記載と並んで問題になりやすいのが、他に選びうる方法についての説明です。

提案する術式や治療法の説明は詳しくても、他の選択肢に触れていない文書があります。しかし患者さんの自己決定は、選択肢が示されてはじめて成り立ちます。

  • 他に選びうる方法があるか。ある場合、それぞれの利害得失が示されているか
  • その方法を採らなかった場合、どうなるか(経過観察を含む)
  • いずれも選ばないという選択があること、その場合に予想される経過

提案する方法が医師として考える医学的に最善の治療であっても、患者さんには他の治療を選ぶ権利がありますから、他の選択肢を示さなかったこと自体が争点になり得ます。

5. トラブルが起きてからでは、文書は変えられません

実際にご相談をお受けするのは、多くの場合、トラブルが生じた後です。「この患者さんに渡した説明文書に問題がないか見てほしい」という形で、既存の文書のチェックを求められます。

しかし、その時点で文書を書き直すことはできません。患者さんに渡した文書は、渡した時点の内容で評価されます。

チェックの結果、記載が不十分だと分かっても、できるのは「その前提で、どう対応するか」を考えることだけです。患者さんに渡した文書そのものを適正にすることはできません。

裏を返せば、説明同意文書の見直しは、平時にしかできない仕事です。新しい術式を導入したとき、学会の指針が改訂されたとき、あるいはヒヤリハットがあったとき。そうした機会に一度見直しておくことで、後の紛争の見通しが変わります。

顧問契約をいただいている医療機関からは、こうした文書の確認を継続的にお受けしています。トラブルが生じた際にも、文書の内容をあらかじめ把握している状態から対応を始められます。

6. よくあるご質問

同意書に署名をもらっていれば、説明義務は果たしたことになりますか

なりません。署名は「説明を受けた」という形式を示すものにとどまり、裁判で検討されるのは、その文書に何が書かれていたかです。

記載が抽象的で、患者さんが具体的に何を了解したのか特定できない場合には、署名があっても説明義務違反が問われることがあります。

リスクは、どこまで書けばよいのですか

発生確率だけでは足りません。そのリスクが生じた場合に患者さんの身に何が起きるのか、その後どのような対応が必要になるのかまで書かれてはじめて、患者さんはその治療を受けるかどうかを判断できます。

すべての合併症を網羅することは困難ですが、頻度が高いもの、重大な結果につながり得るものについては、生じた場合の状態と対応まで記載するべきです。

学会が公表している雛形を使っていれば問題ありませんか

雛形は出発点として有用ですが、それだけで足りるとは限りません。実際に行う手技の内容、施設の体制、対象となる患者さんの状態によって、必要な記載は変わります。

雛形をそのまま使用している場合、記載が一般的にすぎて、その医療機関で実際に行われる医療と対応していないことがありますから、注意が必要です。

トラブルが起きてから相談しても間に合いますか

文書そのものを変えることはできません。患者さんに渡した文書は、渡した時点の内容で評価されます。

もっとも、記載の不足を前提として、どのような対応をとるかを検討することはできます。実際、そうしたご相談もお受けしています。ただ、可能であれば平時に見直しをしておくことをお勧めします。

文書の見直しには、どのくらいの費用がかかりますか

個別にお見積りいたします。既存の説明同意文書の内容や対象となる医療行為の内容によって作業量が大きく変わるためです。

まず現在お使いの文書を拝見し、見直しの範囲をご相談したうえで、費用をご提示します。顧問契約をいただいている医療機関には、文書の確認を継続的にお受けしています。

どのタイミングで見直せばよいですか

新しい術式や治療法を導入したとき、学会の指針が改訂されたとき、ヒヤリハットや院内報告があったときが、見直しの機会になります。

いずれも該当しない場合でも、長く使っている文書は一度ご確認いただくことをお勧めします。作成当時と現在とで、標準的な医療の内容が変わっていることがあります。

説明同意文書の見直しについて、ご相談を承っています。

費用は、現在お使いの文書を拝見したうえで個別にお見積りいたします。まずは対象となる文書と、見直しをお考えになった経緯をお聞かせください。

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