医療事故やトラブルが起きたとき、患者さんやご家族に謝罪してよいのか。「謝ったら過失を認めたことになる」と聞いたことがある方も多いと思います。
しかし、それは誤解です。謝罪をしたからといって、当然には法的な責任を認めたことにはなりません。裁判所も、謝罪の事実だけから過失を認定するという判断はしていません。以下、2つの裁判例を挙げて説明します。
医療に詳しくない弁護士は、医師から相談を受けた場合、「謝らないでください。」とだけアドバイスしがちです。反対に、患者さん側から相談を受けた場合に、「謝られたのであれば勝ち目がある」と判断しがちです。
しかし、本当に「謝ったら負け」なのでしょうか。
医師の方には常識だと思いますが、医療は、結果を保証するものではありません。また、治療結果を得るために、様々な合併症(検査あるいは治療に伴ってある確率で不可避に生じる病気や症状)が生じることがあります。不可避的に生じる合併症は、医師の手技や治療過程に問題がなくとも生じてしまうものですから、それが生じてしまったとしても医師には責任はありません(不法行為の根拠たる「過失」がありません。)。そのため、法的な観点からいえば、患者さんが期待する結果が現れなかったり、合併症により患者さんが期待しない症状が現れたりしても、医師や病院が不法行為責任を負うことはありません(「説明義務違反」による不法行為責任という別の論点はありえますし、過失に因り生じる合併症の問題もありますが、ここでは省きます。)。
しかし、それでも、医師として手を尽くしたにもかかわらず、期待する結果が現れなかったり、不可避的な合併症が生じてしまった場合には、医師は、プロフェッショナルとして、「患者さんが期待する結果が出せなくて申し訳ない」または「合併症が生じてしまい申し訳ない」と感じるのではないでしょうか。また、患者さんが気を落としている、別の症状に苦慮していることも十分に理解しているはずです。
そのため、患者さんに期待する結果が現れなかったり、不可避的な合併症が生じてしまった場合に、医師が「申し訳ない」という感情を抱くことも、それを患者さんやそのご家族に対して発露することも、自然なことです。裁判においても、以下の例のように、謝罪自体から責任を認めるということはしていません。
また,原告らは,H看護師は,本件ROM運動によりBを骨折させてしまったことから,原告らに謝罪したと主張する。
福岡地裁平成25年11月1日判決(平22(ワ)709号 ・ 平22(ワ)6167号事件)Westlaw 2013WLJPCA11019001
しかし,H看護師の謝罪は,骨折という診断結果が出たことに対するものと考えられ,本件ROM運動の態様に問題があったことを自認する趣旨とは考えがたい(現に,H看護師が謝罪した日の報告書においては,「骨折という結果」について謝罪する旨が記載されているにとどまっている…。)。したがって,H看護師の謝罪は,本件ROM運動によりBが骨折したことを推認させる事情とはいえない。
なお,原告らは,平成15年1月7日に,被告E医師が,原告Aに,リンデロンAの点眼中止について謝罪をしたこと,O医師がE医師がリンデロンを中止した点については疑問に思っている旨述べたことを被告E医師に過失があることの根拠として主張しているようである。しかし,被告E医師はその本人尋問において謝罪したのは不本意であったと述べていることのほか,謝罪の趣旨は明確でなく,診療行為に過失がないとしても,これによって想定外の結果が生じたことについて謝罪する趣旨であったということも当時の状況に照らし,あながち不合理ともいえないから,被告E医師がリンデロンAの点眼中止の判断につき謝罪をしたことをもって,被告E医師の治療行為に法律上の過失があったことを基礎付けるものとまではいえない。また,O医師の発言についても,それがどのような文脈で発言されたものかが不明であり,その発言の趣旨も明らかではなく,やはり被告E医師の治療行為に法律上の過失があったことを基礎付けるものとはいえない。
東京地裁平成20年2月20日判決(平17(ワ)26697号事件)Westlaw 2008WLJPCA02209003
したがって、医師側の弁護士が医師に対し、「謝らないでください。」とだけ言うことは誤りですし、患者側の弁護士が患者さんに対し「謝られたのであれば勝ち目がある」と言うことも誤りです。
こういったアドバイスは、いずれも医師がプロフェッショナルとして抱く「申し訳ない」という感情を抑え込ませ、かつ、患者さんからは不誠実な態度を取られたかのように見られてしまう点で、百害あって一利なしだと考えます。
まずは、医療にかかわる弁護士が(医師側・患者側いずれであっても)、医療は医師と患者との信頼関係により成立するものであり、かつ、結果は保証されず、合併症が生じうるものであることを理解し、医師と患者とのコミュニケーションを害さないようにすべきです(当然ですが、理由なきクレームに対しては毅然とした対応を取る必要があります。)。
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